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旧友に再会しました。

             


昨日の夕方、昼寝から目が覚めると、「ピンポーン」と


玄関のチャイムが鳴りました。「どちらさまですか?」


と尋ねると「M・・・です。」と名乗るので、あの中学時代の


同級生?と慌ててスッピンでドアを開けました。


なんと彼は私の地元の自宅から、ワタシの出した電話番号


を記し忘れた喪中の知らせのハガキの住所だけを頼りに


クルマでやって来てくれたのでした。


そして、「これ・・・」と言って、その場で「ご霊前」を渡してくれました。


彼と再会するのも10何年ぶりですし、最近あったことが一気に


押し寄せてきてワタシは感涙してしまいました。


  。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°


ワタシの家はアパートなので取りあえず家の中に入ってもらい、


いろいろと積もる話しをしました。今では彼は2児のお父さん。


上のお子さんは中学生になったというのですから、ワタシの当時の


記憶をかる~く上書き消去していることでしょう。


彼は持っていた一眼レフのゴッツイカメラを見せてくれて、やはり


ブログを投稿しているブロガーなのだと教えてくれました。


普段は回線技術屋さんだったりPCの画面を作成したり、


フツーの日本人男性でした。


  。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°


普段は聞けない同窓生の近況をよく知っている彼は、


いろいろな友人の最近の進路を教えてくれました。


(彼は小学校時代から地元に根づいていて頼れる相談係


になっていて友人も多く人望が厚いのです。)


社会で活躍していて偉くなった方、出産した彼女、


残念ながら町を出た方、がんでなくなってしまった(!)方


悲喜こもごもで話しはなかなか尽きません。


40歳すぎた現在ですが、同じ町内に残って子供さんを


育てている方も多く、応援したい気持ちでいっぱいです。


  。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°


今回は突然でしたが、近いうち、集まれるメンバーだけでも


ご一緒に宴会パーティーなど開催したいと思いました。


そしたら、写メを撮って、またブログで公開できたら、と


期待していま~す。


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≪世界遺産≫ 日本の世界遺産

〔世界遺産 日本の世界遺産〕


 このPVは皆様ご存知、TBSTV放送の人気番組です。


中村勘太郎さんのナレーションなので少し前にON AIRされたものです。


時間は8分少しと長めですが、せっかくの夏休み、こんな旅行気分は


いかがでしょう。。。まだ暑い日が続きますが無理をしないで


過ごしてください!   


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Mr.Children “HERO”



この曲とこのPVを見ると、結婚時代を思い出します。

もう10年ほど昔ですが、子供ができ、離婚してしまうまで、

お互いに仕事をもち、家事と育児を分け合って生活していました。

人間はイキモノですから3人で生活していれば喧嘩もします。

でもちょっとSTOP!・・・あの時仲良く丸く収めていたら、

こんな寂しい結果にはならなかったよね、と当時若かった

ワタシの性格を反省してしまいます。

(最近はかえって丸すぎるのですが・・・。)

"Hero"

たとえば誰か一人の命と引き換えに世界を救えるとして
僕は誰かが名乗り出るのを待っているだけの男だ

愛すべきたくさんの人たちが僕を臆病者に変えてしまったんだ

小さい頃に身振り手振りを真似て見せた
憧れになろうだなんて大それた気持ちはない
でもヒーローになりたい ただ一人君にとっての
つまずいたり転んだりするようなら
そっと手を 差し伸べるよ

だめな映画を盛り上げるために簡単に命が捨てられていく
違う 僕らが見ていたいのは希望に満ちた光だ

僕の手を握る少し小さな手 すっと胸の淀みを溶かしていくんだ

人生をフルコースで深く味わうための
いくつものスパイスが誰もに用意されていて
時には苦かったり渋く思うこともあるだろう
そして最後のデザートを笑って食べる君のそばに僕はいたい

残酷に過ぎる時間の中で きっと十分に僕も大人になったんだ
悲しくはない 切なさもない
ただこうして繰り返されてきたことが
そう こうして繰り返していくことがうれしい 愛しい

ずっとヒーローでありたい ただ一人君にとっての
ちっとも謎めいてないし 今更もう秘密はない
でもヒーローになりたい ただ一人君にとっての
つまずいたり転んだりするようなら
そっと手を 差し伸べるよ



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暑気払い

 


この夏はホントに酷暑です。今日は35℃をいよいよ超え、


都心では37℃を記録したそうな。。。近所の警察署の


そばを通りかかったら、「今日は外出は控えてください・・・」


のアナウンスが流れました。家に帰宅するや風呂場へGO!


「水ぶろ」です。これがなかなか効くのです。まず水は冷たく感じ


ますから、慣れるまで浸かる。顔も洗顔してサッパリです。


でもって、夕方ビール。もう、夏休みならではのお楽しみコースの


ようなスタイルです。う~ん、おいしい。今、“ 糖質0 ”が流行して


大人気のようですが、ワタシは“ カロリーOFF ”タイプが好みです。


そのフレーズで「太らない、」という約束がもらえ安心できそうな気


がします(勝手なだけ?)。でも、おつまみ何が合うかな・・・。


         


夏の夜、は蚊取り線香などたきながら、うちわ片手でのびのび無心になりたいですね。

“もう、今晩は何もしないでいいよ、” とそんなお許しがいただきたいですね
  




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アニメ「Conte d'hiver」(冬物語)


「Conte d'hiver」(冬物語)


ヘビー級の話題が続いてしまったので、明るいファンタジーをひとつ。

ホントは仏の映画監督「エリック・ロメール」さんの【冬物語】をUP

しようか、探していた所、このようなカワイイ映像がキャッチできました。

そういえば最近、YouTubeで、自主制作アニメーションのコーナーを

見つけて感心して観させていただきました。どれも力作で特に短編アニメ

を気に入っています。おもしろいもの、感動するものいろいろです。

この間はロシアのアニメーション『チェブラーシカ』を観ていました。

・・・→(タイトル下にUPした画像です。)

言葉はわかりませんが、このロシアのクマ(?)さんは何と言っているのでしょうね。

地球の上の全てが平和になるように願っています。


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映画・チャップリンの【黄金狂時代】


【Chaplin in the Gold Rush】


チャップリンの【黄金狂時代】という映画があります。1925年発表なので、


1929年「世界大恐慌」の少し前、日本では大正15年、ワタシの家では


祖父の活躍した時代です。


ストーリーはアラスカの山小屋に逃げ込んで大雪に阻まれた


主人公チャップリンたちの困った様子がユニークに進行します。


食料に困窮した彼は自分の靴を食べてしまう、なんてシーンもあります。


経済事情に困った姿は昔も今も共通ものがあり、チャップリンはまるで


祖父が孫に話しかけるように、物語を演技で懸命に表現しています。ワタシは


チャップリンに『人間の住む地球に捧げ訴える愛情』を強く感じました。


最も、当時はモノクロで切迫した危機感を警鐘していたのでしょう。


ところで、作品ほかに【モダンタイムス】【独裁者】などかなり多数あり、


どれも楽しい趣のある作品で、またNHK教育chでリバイバルしないかな、


と期待していますがいかがでしょうか・・・。


URL:  http://www.geocities.jp/ryunk/contents/chaplin/cinema/1925_the_gold_rush.html
      ・・・『 チャップリンの映画紹介』 
      (※・・・このサイト左下「ヒンケルの演説」を開けると『"独裁者" / ラストの              演説』 の台詞があります。 独裁者からの終戦宣言です。。。)


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父の話し( 2)

           


父の通夜は酷暑のきつい8/1に執り行ないました。喪主は母です。


突然の出来事に不安定な様子のまま出席していました。


母は後期高齢者で難聴の障害者です。最近は腰が痛くて医者通いです。


その母を60歳過ぎてかかりきりで面倒をみてきた父だったので、


母の悲しみは普通ではありませんでした。食事や電話番や外出の用


はすべて父にかかっていました。駅から家までは「心臓破りの山道」


を通るのですが、いじわるな急勾配な山道の坂なのです。ただ、


登りきって振り向くと、嘘みたいに美しい海が眼下に見えます。


横浜沖から千葉の富津方面が眺められます。


           


次の日は、お葬式でした。市営の火葬場に皆さんにはマイクロバスに分乗


してもらい、私と弟と母はリムジンに乗せてもらいました。私は父の遺影の写真


を抱えていました。1時間30分ほど過ぎて父の亡骸と対面しました。


あんなに元気で普通に暮らしていた人が急にこんな姿になってしまうなんて、


とても驚きでした。普段から『エジプトの4000年の遺跡に発掘されたミイラ』


というマスコミの勝手な流布や広告が、こんな無残で家族にとって皮肉なもの


に思われるとは意外でした。まるで、(あら、今まで気がつかなかったの?)と


話しかけられるようなものです。新しい遺体の姿は衝撃的でした。


実家に戻り、これから遺品整理、掃除、そして初盆がやってきます。


「ご先祖がキュウリの馬に乗って急いでやって来て、ナスの牛でゆっくり帰る」


のですね。・・・・・これからも我が家の暑い残暑は続きます。


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父の話し

          
【白州邸武相荘-東京都町田市】


私の父は兵庫県武庫郡の生まれでした。昭和7年ですから当時は「軍国主義国家」、


「軍国教育」が吹き荒れていたのでしょうか。祖父は九州佐賀県出身です。


その後家族で上京し、都内に居を構え、早稲田文学の「早稲田青年」しました。


詩など自作の出版も手がけておりました。


それからビルマ(現在のミャンマー)に『戦後復興事業』団として日本人として


現地に渡り、資材の輸入業に携わることになったそうです。いわゆる


『戦後高度成長期時代』を支えたビジネスマンの始まりです。


その後は勉強した英語を使って外資系の銀行に就職しました。そして社内で


母と出会い結婚します。さらにそれからは外資系(インドネシアなどアジア方面)


からの輸入企業の貿易商社で働き続けます。手がけた事業は「石油」、「木材」、


「石材」です。当時、夜帰宅し家族がいるのに瓶ビールを一晩で6本飲むような


怖い人、というイメージでした。いろいろ仕事のストレスもあったのでしょう。


しかし父は運良く、会社役員の座に納まっておりました。


             


ところで、この父の話題に関連して最近気になる人物伝があります。それは「白州次郎」


の履歴、経歴です。1902年(明治35年)2月17日、兵庫県武庫郡精道村(現・芦屋市)に生まれる、


と紹介があります。出身が父と同じなのでハッとした訳です。


さらに・・・?白洲 次郎(しらす じろう、1902年(明治35年)2月17日 - 1985年(昭和60年)11月28日)


は、日本の官僚、実業家。終戦連絡中央事務局次長、経済安定本部次長、貿易庁長官、東北電力株


式会社会長などを歴任した。


戦後、吉田茂首相の側近としてGHQと渡り合い、従順ならざる唯一の日本人と言わしめた。妻は白洲正


子。つまり日本の敗戦時より、終戦連絡中央事務局や経済安定本部の次長を経て、商務省の外局とし


て新設された貿易庁の長官を務めた。(貿易庁初代長官)。 吉田政権崩壊後は、実業家として東北


力の会長を務めるなど、実業家として多くの企業の役員を歴任した。? とあります。


このように、戦後日本の高度成長期を支えた驚異のスーパーマンなのでした。


なお、トップの写真白州邸は戦争中の夫妻の疎開先の「武相荘」です。


  URL: http://www.buaiso.com/jirou.html  旧白州邸武相荘


ついでに、 URL: http://www.suntory.co.jp/whisky/hakushu/    (サントリー/白州


・・・・・こんなお酒(ウイスキー)も最近発表されましたので、参考にいかがでしょう。


           


さらに、フジテレビ開局50周年記念ドラマ『不毛地帯』(2009.10.15 - 2010.3.11放


映)についてです。作品やストーリーはすでに有名で、リメイクされたものです。


内容の?主人公の壱岐正中佐は、伊藤忠商事の元会長瀬島龍三(1911‐2007)がモデル


指摘されている。一方の主人公のライバル・東京商事の鮫島辰三は、日商岩井の元副


長海部八郎がモデルとされる?とあります。やはり貿易商社の戦後の経済成長


の長きにわたるドラマが力強く、多数の配役を抱えながら物語は進行します。


。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °


私の父も、多くの写真、アルバムを遺してこの世を去りました。父にとって


戦後の日本社会、「政治」、「経済」、「文化」がどうであったか、うかがって


おかなかったのが悔やまれますが、もう40代になった私と弟もなかなか


今までがんばりましたよ、と報告しておきます。


父の冥福を祈ります。 娘より。


        ◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇


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